はじめに:2025年夏、M&Aが動く──その背景とは
2025年に入り、企業のM&A戦略は「守り」から「攻め」へと転じつつある。円安の継続、インフレ耐性の構築、DXの急加速、そして中小企業の後継者問題など、多層的な課題に直面する中で、M&Aを“成長戦略”として位置づける企業が増えている。
とりわけ5月から7月にかけては、エンタメ、エネルギー、IT、DX、地方再編など、様々な業種での大型・注目案件が相次いだ。本記事では、2025年初夏に観測された主なM&A事例を振り返りつつ、そのトレンドと背景を読み解いていく。
トピック1:エンタメ業界における“統合”の胎動──GENDA×映画.com
2025年7月、エンタメ業界に新たな動きが起こった。
GENDA、映画.comを完全子会社化
アミューズメント施設「GiGO」を展開するGENDA(9166)は、カカクコムから映画情報サイト「映画.com」を運営するエイガ・ドット・コムを買収し、100%子会社化すると発表した。
この背景には、グループ内シナジーの最大化がある。GENDAグループには、映画配給のギャガ、グッズ企画のフクヤといった複数のエンタメ関連企業が存在。これらと「映画.com」の宣伝力を統合することで、映画公開から物販・プロモーションまでを一気通貫で展開する“垂直統合型モデル”の構築を目指す。
また、「映画.com」のオンライン広告力と、GENDAが保有するカラオケ・アミューズメント施設のオフライン広告チャネルとの連携も、今後のプロモーション展開において注目されるポイントだ。
トピック2:TOBによる上場廃止の波──宇佐美鉱油×フジ・コーポレーション
2025年7月には、もうひとつ業界の構造変化を象徴する動きがあった。
宇佐美鉱油によるTOB成立、フジ・コーポレーションの上場廃止へ
ガソリンスタンドなどを展開する宇佐美鉱油が、タイヤ・ホイール販売大手の**フジ・コーポレーション(7605)**に対しTOBを実施。7月22日をもって買付けが成立し、同社は上場廃止へ向かう。
この動きの背景には、エネルギー×カーアフター市場の融合という新しい戦略的構想があると考えられる。
宇佐美鉱油はエネルギー供給、フジ・コーポレーションはカー用品販売と、サービスラインは異なるが、顧客接点(車を所有するドライバー)を共有している。今後は、ENEOSのようなサービスステーション複合化モデルに近づく可能性もあり、アフターサービス業界再編の“のろし”と捉えることもできる。
トピック3:DX・IT業界における「技術内製化」ニーズの高まり
DX文脈での買収も顕著だったのが、ミガロHDの事例である。
ミガロHD、ユー・システム・クリエイションを子会社化
2025年7月、DX支援・不動産DXを手がけるミガロホールディングス(5535)は、東京都のIT企業ユー・システム・クリエイションを子会社化すると発表。
同社は、マイクロソフトソリューションなどを主軸とする受託開発企業であり、今回の買収によりミガロHDは「開発体制の強化」と「ナレッジ共有」を図る構えだ。
特に、クラウドインテグレーションや、SaaS領域においては、単なる営業代行ではなく、開発力と運用力を兼ね備えた内製型の支援体制が求められる傾向が強まっている。本件は、まさにそうした「インハウスDX」需要への対応と言える。
トピック4:業種横断型M&Aの拡大と、非上場企業の存在感
M&Aが活発化する中で、「異業種」間の買収・提携も顕著となっている。
たとえば、近年は以下のような事例も登場している。
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飲食企業による農業法人の買収(一次産業×外食)
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BtoB SaaS企業による士業事務所のM&A(IT×法務)
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教育企業による医療機関の買収(学習×ヘルスケア)
これは、少子高齢化・働き手不足を背景に「業界内だけでは成長余地が少ない」と判断する企業が、ユーザー接点やノウハウを他業種から取り込む動きを強めているからだ。
また、上場企業のみならず地方・中堅・スタートアップなど非上場プレイヤーのM&Aも存在感を増しており、「見えにくいが実は大規模な再編」が水面下で進んでいる点も注目に値する。
総括:2025年M&Aトレンドのキーワード5選
ここで、2025年夏時点でのM&Aトレンドを象徴するキーワードを整理しよう。
キーワード | 説明 |
---|---|
垂直統合 | エンタメ・物流・教育などで供給〜販売〜広報の一貫体制が進む |
上場廃止型TOB | 東証上場企業を非公開化し、意思決定スピードと柔軟性を確保 |
インハウスDX | IT開発・クラウド統合を自社で内製化し、外部依存から脱却 |
業種横断M&A | 異業種連携により新市場・顧客基盤を獲得する戦略 |
地方企業の存在感 | 上場企業だけでなく、地方の優良企業が積極的な買収主体に |
おわりに:M&Aは“成長の選択肢”として一般化する時代へ
かつてのM&Aは、大企業や金融機関の話だった。しかし今や、中堅企業や地域の有力プレイヤーが主体となって買収を仕掛ける時代である。少子高齢化、人材不足、デジタルシフトといった経営課題に対して、M&Aは単なる「手段」ではなく、成長を実現する“選択肢”となった。
今後も「M&Aの窓口」では、日本国内で起きているM&Aトレンドを丁寧に掘り下げ、皆さまにとっての“経営と未来をつなぐヒント”を提供していく。